作家・籘真千歳のブログ

『Bad Apple!! feat. nomico』×『スワロウテイル・シリーズ』の四重奏
――私のことを 言いたいならば
――言葉にするのなら 「ロクデナシ」

この強く胸に刺さるフレーズを、覚えていらっしゃいますでしょうか。
スワロウテイル・シリーズのフィナーレ、
『スワロウテイル/初夜の果実を接ぐもの』で各エピソードの文末に挿入されていた詩。
有名な歌なので、すぐにお気づきになった方もいらっしゃると思いますが、
サークル『Alstroemeria Records』様の名アレンジ曲である
『Bad Apple!! feat. nomico』の歌詞です。

普段からニコニコ動画やYouTubeなどに慣れ親しんでいらっしゃる方は、
「影絵PV」でよくご存じかもしれません。
再生回数が1700万回にも達し、多くの人の心を掴んだ曲です。
私もスワロウテイル・シリーズの執筆中、この歌にときに励まされ、ときに叱咤され、大きく影響を受けました。
「黒」と「白」、そして「私のことを言葉にするなら」というフレーズは、スワロウテイル・シリーズのテーマにとても親和性よくなじみ、執筆の大きな原動力のひとつになりました。

まだ未視聴の方は、ぜひ聴いてみてください。
きっと揚羽が、真白が、そして椛子たちが、複雑な心境の中で悩み、悲しみ、笑って過ごした日々が、脳裏に甦ってくるはずです。
そして、もし好きになったら、ぜひCDの高音質でもう一度聴いてください。


YouTube

【東方】Bad Apple!! PV【影絵】(リンク:ニコニコ動画)

『Alstroemeria Records』様はたくさんのCDを作っていらっしゃいますが、
現在『Bad Apple!! feat. nomico』は『POP | CULTURE』に収録されているようです。
私は別なCD盤を既に持っているのですが、他の収録曲も気になるので、近いうちに秋葉原に出向いて買ってこようと思っています(ちなみに、最近は通販でも手に入ります)。
『Bad Apple!! feat. nomico』と『スワロウテイル・シリーズ』、音と声と文字、それに竹岡美穂様のイラストのカルテット。
読了後の皆様にこそお送りしたい、『スワロウテイル・シリーズ』のもうひとつの感動を味わって頂けたらと思います。

『Alstroemeria Records』様の公式サイト alst.net


最後に。
『Alstroemeria Records』様がいわゆる「同人サークル」であり、小説にその歌の歌詞を引用をしたことについて様々異論が湧いたことは存じておりますが、他の誰でもなく「ぜひに」と著者の私から申し出たことであり、その責任はすべて私にあります。
そして、私は「創作物の感動に、プロもアマもない」と信じています。私だってアマだったし、文字書きの方の中にはあえて「プロ作家にはならない」という信念をお持ちの方もいらっしゃいます。そして、思い込みや権威主義、偏見によって「モノの見方が歪む」ことを示すのが、スワロウテイル・シリーズの大きなテーマのひとつであった以上、私に迷いはありませんでした。
どうか、色眼鏡を捨てて聴いてみてください。感動してもらうために計らうのは私ども創作者の仕事ですが、感動自体はあなたの胸の中から生まれるものなのですから――


スワロウテイル既刊の新カバー版が文教堂書店様で先行発売!
昨日のサイン会は大盛況で、感激いたしました。いらしてくださった皆様、まことにありがとうございました! 差し入れもたくさん頂いて、皆様の笑顔がまた優しくて、この一年で蓄積した疲れが、たった一日で吹き飛んでしまいました! やはり読者あっての作者だと、強く感じました。次の作品にむけて、全力で挑みますね!

そして――

スワロウテイル『初夜の果実を接ぐもの』の発売、およびシリーズ完結記念フェアとして、既刊の『人工少女販売処』『幼形成熟の終わり』の新カバーバージョンが、全国の文教堂様で先行発売になりました!

スワロウテイル新カバー版 アニメガ様


『人工処女受胎』『初夜の果実を接ぐもの』と並べると、一体感がすごいです。既刊をお持ちの方も、お近くの文教堂様でぜひ、ご覧になってみてください。
今回は文教堂様のご厚意で、昨日のサイン会、そしてシリーズ完結フェアを展開させていただくことになり、『人』『幼』の二冊の新カバー版は、全国文教堂様で先行発売になります。

文教堂様のホームページはこちら
全国の店舗マップはこちらになります。

完結記念フェア中の今は、4冊が並んで置かれているところを見られるチャンスです!
全国の文教堂様のお近くまでいらっしゃった際にはぜひお立ち寄りになられて、竹岡美穂様ならではの可憐なタッチで描かれた、四つのカバーの揚羽に会いに来てください!

ちなみに、昨日サイン会を行わせて頂いた「アニメガ新宿マルイワン店」様は、女性の皆様が入りやすいのはもちろん、実は男性のお客様もたくさんいらしているそうです。店内の雰囲気も、おしゃれでありながら男女どちらでも居心地がよく、お目当ての本から書店員様が適切なオススメをプッシュして陳列してくださっているので、きっと新しい本との出会いがあると思います。
書店巡りの醍醐味のひとつは、その書店ならではのスタッフ様のセレクト、そしてプッシュだと思います。そういう意味でも、アニメガ様はとても面白い展開をなさっているので、「おお、目当ての作家の次の作品まで何を読もうか!?」と思ったら、是非いろいろな書店巡りをオススメします。

また、他にも早川書房様からは今月注目のタイトルが目白押しです。
どうかよろしくお願いいたします!

読書メーターへのコメント
読書メーターの自分の記事へのコメント(補足)になります。


実は、私も高校時代は数学が大の苦手でした。赤点続きで先生の呼び出しを喰らうこともしばしばで、マンガによく出てくるような「落第寸前で先生にいつも怒られているような」駄目な生徒が私です。
ですが、では学校で数学が不要なのか、という問題については強く「否」と、できなくて苦労した私は思います。
そもそも、すべての若年者に平等な教育を施す理念とその必要性とは、指導者や扇動者、政治的強者や経済的強者の行いを、誰もが自分の知識と知恵ででチェックできるようにするためであったはず。
近いところではAIJの資金消滅がそうですが、「わからないから任せてた」ということを国民全体で繰り返していれば、現在の民主主義成立以前の、一部の識者や資産家、貴族、報道者、軍人による一方的な指導や扇動の善し悪しを誰も知ることができず、言われるままに従うだけの時代に逆戻りしてしまうでしょう。
実際にAIJの高利回りの正体に誰もが気づくべきだった、とは私も思いません。ですが、「誰だって知ろうと思って勉強すれば、なにかおかしいと気づく機会はあった」という事実を持って、責任の所在を曖昧にしないこと、また次の被害を未然に防ぐことに向けて、汚職もあり得る官僚や政府任せにせず自分で考えることはできましょう。
振り込め詐欺にあわないよう、「なにがおかしいのか」知るのと同じことです。経済のことになると、「なにがおかしい」のかが複雑に絡み合って、数学や経済学の知識と経験なしにわかりづらくなっているだけで。(わざとわからないようにして金を回しているのが今の経済界の悪癖だとは思いますが)
そういった「一人一人が世の中の出来事を自分で確認するために、一定の平等な知識」が必要なのだと思います。文字が読めないのでは本が読めず、本が読めなければ誰かが言ってくれたことを信じるしか術はなく、嘘を言われても気づけない。
AIJもそうだし、最近の複雑な構造の家電もそうです。作った会社を信じるのはよしとして、何か問題があったのなら自分で「何が問題なのか」知らなくてはいけません。そのためには、電気の極性がプラスとマイナスの二つある、ぐらいは知っていなければ、どんなに説明されても理解できないでしょう。理解できなければ、テレビや誰かの言った「あそこの家電は殺人兵器だ!」という言葉を信じてしまいます。(ソニータイマーも同じですね)
つまり、数学他の実社会で使い道がすぐに見当たらない学問は、仮に本当に生涯使わないのだとしても、不要と言うことにはなりません。健康保険やガン保険、自動車保険と同じなのです。一生使わずにすむならそれにこしたことはなし。しかし、使わなそうだからと言って誰も保険に入らなくなったら、世の中はごく一部の事故や病気に戦々恐々とするこまった時代になりましょう。
数学は、直に使わない職業の方にとっても「保険」になっている、そう思います。
使わなそうだから、といって誰もやらなくなったら、その知識を持つごく一部の人の言いなりになるしか有りません。十年や五十年はそれでもたいした問題は起きないかも知れない。でも、子や孫の世代はどうか? 世の中がめちゃくちゃになっていくのを、俺は学がなかったから知らなかったんだ、で子や孫に言い訳ができるとは私は思えません。
だから、全員ができるようになる必要はなくとも、皆で平等に習う機会を持っておくことは欠かせないでしょう。その中から、できる人が幾人か出てくれば、その人と相談して複雑なことも理解できるようになれるはずです。

私の学生当時の「数学は役に立たない」という言葉の流行は、共産主義に対する憧憬に端を発しているような気がします。「金も学もコネも足りない俺たちこそ正義」と毛沢東語録を掲げて行進していた人たちの言葉から、自分の人生を肯定するのに都合のいい言葉を抜き出し、学歴が自分より優れている誰かに対するコンプレックスを穴埋めするのに都合がよかった、というあたりが、当時の世相を顧みるにその正体であったように思います。つまり、自分の欠点を慰めてくれる言葉ならなんでもよかったわけで、特に数学をあげつらったのは、数学が実社会の中で職業に特に結びつきづらく、高学歴の象徴として、高学歴者、学者に「社会で役立たず」「俺より無能」というレッテルを貼り付けるのにいい方便だったのかもしれません。
(ですから、「数学なんて~」と言っていた大人がみんなそう、という話ではありません。もっと学生時代に勉強したかったな、と誠実に思う人の心の隙間に巧みに入り込んで、悪質にこの言葉を流行させた人たちがいた、ということです)

そういった自分を慰めるための言葉を安易に若者に押しつけようとした当時の一部の大人たちに対して、私も複雑に思うところはありますが、きっと今の私も含めて今の大人が身を正すべきところは少なくないと感じます。

数学のできる、できないは、人の価値とは連動しません。できる人が、この社会に一定数必要なだけ、でありましょう。
ならば、できる人を見下すのでもなく、できない人が恥じ入ることなく、それぞれの職業と同じように、貴賤なく尊重すべきだと思います。
なので、特定の学問が「必要ない」と断じるのは間違いだと、私は思うのです。

追記:
個人的には、原子力についても必修科目に含めるべきだと思っています。誰もが小学校の図書館にあった「はだしのゲン」ばかり根拠にして、放射能が恐い恐いと叫ぶだけでは、脱原発の話し合いはいつまでもかみ合わないし、必要以上に恐く思って人生を狂わせる人も出てきましょう。

本年最後のご挨拶
2011年も、残すところあとわずかになりました。今日一日、最後に何を書こうかと悩んでいたのですが、頭に浮かぶのは胸が苦しくなるようなお詫びの言葉と、お会いしてお伝えしなければ白々しくなってしまいそうなお礼の言葉ばかりで、この一年、いかにたくさんの方々のお陰様で今の自分があるのか思い知らされました。
例えば、「籘真千歳」という名前ひとつをとっても、自分でこれを書き記すことためらってしまうことが、今年は何度もありました。
私は、「籘真千歳」という名前で発表された全ての著作物の全責任をお預かりしています。もし、籘真千歳の作品が差別的、あるいは公序良俗に反する、あるいは反社会的な小説であるとされて、出版停止を求めるデモや署名運動などが起きたときには、私はこの一身をもって全てのご批判を受け止め、一命を賭して皆様にお詫びしなくてはいけないと思っています。
籘真千歳を名乗ることにためらいを覚えた理由は二つありました。
ひとつは、責任の重さを思い出してついおよび腰になってしまったこと。
もうひとつは、はじめて拙著の続刊と重版がされた今年、もう「籘真千歳」という名前は、私個人のただの「別名」ではなくなったのだと気づかされたからです。
去年までは、あえてご批判と誤解を恐れず申し上げるのなら、「籘真千歳」とは私、一人の個人事業であるかのように、私は錯覚していました。だから、「籘真千歳=(私の本名)」であると思い込んでいました。
ですが、法的にはそうであっても、本質的には違うのだと、スワロウテイル~の続編が本の形になったとき、じわじわと滲み出るように、ゆっくりとですが、確かに感じるようになってきたのです。
初めて著者として、書店様へご挨拶に伺ったのが、ひとつのきっかけであったかもしれません。あのとき、一冊の本が売れるということが、どれほどたくさんの方々のお陰様であるのか、思い知らされたような気がいたします。もちろん、最後にお手にとってくださる全国の読者様も、おひとりひとりがこの一冊の本の出版にお力添えくださる仲間です。
私は来年も、間違いやご批判を恐れず、好き勝手なことを書いていくと思います。好き勝手に皆様のお気持ちを想像し、お喜びいただけるようななにかを好き勝手に妄想し、みんなで嬉しく思えるようなストーリーを好き勝手に考えていくのだと思います。だから当然、私はその全責任を、命の限り負わなくてはいけない。
でも、そこから生まれる成果は、私だけのものではありません。スワロウテイル~でも少しだけそれと似た立場のことを書きましたが、どんな会社、どんな組織であっても、責任者ばかりたくさんいたところで仕方がないのと同じように、「籘真千歳」という名前もまた、私一人のものでは決してないのだと、今は強く感じています。
例えるなら、私は実務経験のない船長のようなものなのかもしれません。船が事故にあったときは、その全ての責任を船長が取るのは当然のことです。でも、そんな船長一人では船を動かすことは到底できません。操舵士がいて、航海士がいて、機関士がいて、他にもたくさんの乗組員がいて、陸に残る多くのスタッフがいてこそ、はじめて船は大海に漕ぎ出せるのでしょう。
私は「籘真千歳」号の船長です。この船がこれから成し遂げる成果への賞賛の大半を、本名の私は恐れ多くも受け取り、同時に不慮の事故が起きれば全ての責任を追う。それでも、「籘真千歳」号は、もう私だけの船ではありません。出版社、書店、ご紹介くださる先生方、多くの関係の皆様、そして今これをお読みくださっているあなた、たくさんの読者の皆様と力を合わせてこそ、この船はこれからも嵐を抜け、猛り狂う波を突き抜け、誰もまだ見たことがない物語へ向けて航海を続けることができるのだと思います。
だから、これからも私は、「籘真千歳」と名乗ることにためらいを覚えつつ、同時に幾千幾万の仲間の声に勇気づけれて、ためらいの何倍もの誇りを持って「籘真千歳」の作品を書き続けていきます。
皆様、来年もどうぞよろしくお願いいたします。

2011年12月31日 「籘真千歳」号 船長より

『θ 11番ホームの妖精』 文庫未収録のエピソード公開のお知らせ
θをお手にとってくださった、全ての読者の皆様へ――。
単行本で未収録になった、とっておきのエピソードをお届けいたします。
本では名前だけの登場になった少女「佳惠」は、既刊の二つのエピソードの間に収まるはずだったこの物語で初登場になります。
詳しくは、特設ホームページへ。

Θ-11番線の妖精- 特設サイト

T・Bたちのもうひとつの物語の幕が開けます。

配布開始は、1週間後、11月11日の金曜日からです。
今しばらく、お待ちくださいませ。
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